Interview
古今東西、好きなミュージシャンや影響を受けた曲を、自身のバンド名にしている例は多い。あのザ・ビートルズさえ、影響を受けたバディ・ホリー&ザ・クリケッツ(クリケッツとはコオロギとスポーツのクリケットの2つの意味)にヒントを得て、カブトムシのbeetleと音楽のbeatを組み合わせた名前を付けているし、ご存知、ザ・ローリング・ストーンズも、マディ・ウォーターズの楽曲「Rollin’ Stone」にちなんで名付けられている。
そして、このザ・プロディガル・サンズである。
彼らが何度もインタヴューなどで答えているように、このバンド名は、ロバート・ウィルキンスの曲であり、ストーンズもカヴァーした「プロディガル・サン」にちなんでいる。その誕生は2005年夏。ZIGGYのDVD『ALL THAT ZIGGY Ⅲ』の店頭キャンペーンが展開され、森重樹一と松尾宗仁が、トーク+アコースティック・ライヴを行なった時だった。
<松尾> じつはあの頃、俺と森重って、ささいなことがキッカケとなって仲が悪くてね(苦笑)。で、“トークだけで30?40分のイヴェントはきついよな”、“じゃ、アコースティックで何かやろうか”ってことで、リハーサルのために1回スタジオに入ったんだよ。そうしたら、かなりいい感じで、不仲だったことも関係なく、“この2人でアルバムを作れたらおもしろいよね”ということになったんだよね。
<森重> 実際にお客さんを前にしてやってみて、その思いが強くなって、“プロディガル・サン”とか名乗って、2人でやっていくのもいいなぁと思ってね。
2人のバンド内アコースティック・ユニットとして始まったザ・プロディガル・サンズに、ほどなくジ・イージー・ウォーカーズの五十嵐“Jimmy”正彦(g)が合流。ちなみにJimmyの参加も、キッカケはファースト・ミニ・アルバム『いびつな宝石』(06年2月発表)のインストア・イヴェントである。
<松尾> イヴェントでギタリストが2人必要だとなって、当初は、森重がギターを弾きながら歌うよって言っていたんだよ。でも、実際にアルバムでは弾いていないし、ムリだなと。そこで、真っ先に名前が挙がったのがJimmyだった。
<森重> その頃、俺がイージー・ウォーカーズのアルバムでコーラスを頼まれているから、恩義を売ってくるよって(笑)。
<松尾> その引き換えじゃないけど(笑)、それでJimmyに頼んでね。ただ、意外なことに俺とJimmyとは20年もの付き合いがあるけど、実際に合わせたことはなかった。でも、スタジオに入ってみたら、もう完璧だった。
<Jimmy> 一緒に飲んだことは何度もあったけどな(笑)。で、その初めて合わせる前に何曲かデモをもらっていたんだけど、好きなタイプの曲ばかりだったし、おもしろそうだなって。
<松尾> いずれ一緒に何かやるんだろうなって、ずっと思っていたんだけどね。俺達みたいな音楽をやるギタリストって、じつはほとんどいないんだよ。だから、インストア・イヴェントに向けてJimmyに声をかけたのは当たり前だった。
Jimmyはこの参加を経て、ZIGGYへのサポート参加、そして08年にはザ・プロディガル・サンズの正式メンバーになる。
Jimmyに加え、06年4月に行なわれたSIONとのカップリング・ライヴのため、大島治彦(ds)の参加が決定。大島は松尾宗仁のソロ・アルバム『Like A Rolling Stone』(04年10月発表)に参加したことで知られ、松尾と同じく強烈なストーンズ・マニアである。
<松尾> 大島も昔からの知り合いで、この手の音楽をやろうというなら欠かせないドラマーだからね。人間的にも素晴らしいし。で、森重のアルバムでも何曲か叩いていたし、呼ぶのは大島しかいねぇだろって。
<大島> “待ってました!”って感じだったんですが、じつはギターで参加してくれって話だったんですよ(笑)。で、OKはしたもののスケジュールが合わなくて、ツアー・ファイナルの渋谷AXに参加しました。もちろんドラムで(笑)。
06年12月には森重と松尾、そしてサポートのJimmyと大島というラインナップで、ファースト・アルバム『夜が終わる頃に』をリリース。
<松尾> この時もベーシストはどうしようかって考えたよ。でも、アルバム全曲でベーシストが必要じゃなかったし、俺と大島が弾けるし、この4人でやってみようってなったんだよ。その後のツアーでもベーシストはどうしようかって話は出たけど、ベースレスでいいんじゃないってことになったんだよ。
07年に入ると、ZIGGYがアルバム制作に向けて始動する。サポートに迎えられたのはJimmyと元・ザ・ストリート・スライダーズの市川“JAMES”洋二(b)であった。
<松尾> 森重が“JAMESさんしかいないんじゃないの?”って言ってね。JOE(宮脇知史)も、ダイアモンド・ユカイのバックでJAMESさんと一緒にやったことあったし、問題ないでしょってことで。
<JAMES> 事務所を通してとかじゃなく、メンバーが直接来てくれたのが、まずうれしかった。それまでも、いろんなサポートをしてきたし、頼まれればやりますよって感じはあったんだけど、実際に会って、音に対する思いや俺を必要としていることが伝わってきてね。こちらも快く手伝わせていただきますと。現場も強制はなく、お任せしますと言われたので、俺は俺のフィーリングで合わせたけど、最初からバッチリだった。
しかし、同年12月31日の年越しライヴを経て、ZIGGYは無期限活動休止に突入。ザ・プロディガル・サンズはZIGGYのサポートを務めていたJimmyとJAMES、そして大島を迎え、5人態勢としての活動をスタート。松尾の中で、いつぐらいからバンドにしたいと考えていたのだろうか?
<松尾> 俺は、バンドにしたいと思っていたよ。曲の幅を広げていきたかったし、アコースティックも大好きだけど、エレクトリックも大好きだから。どっちがどっちってことはないんだけどね。ただ、すぐバンドにしていくのは物理的に無理だった。だけど、ZIGGYの活動休止前の最後のツアーの時も、森重とよくプロディガルの話はしていたし、Jimmyにも“来年(08年)はプロディガルをやりたいんだけど、正メンバーでやらねえ?”って聞いたら、“俺はそのつもりだよ”って答えてくれて。そこで、まず1人確保だよね(笑)。そして、大島にも同じように電話したら、“やります”と。
<大島> これも“待ってました!”って感じでしたね。特に、“ロックン・ロールをメイン・ストリートでやって、勝つ!”という宗仁君の男気に惚れて、加入を決めました。
<松尾> 先輩(JAMES)には、ZIGGYの渋谷C.C. Lemonホールの打ち上げの席でお願いして。
<JAMES> 兄貴でいいよ(笑)。いつの間にか、兄貴って呼ばれているから(笑)。
<松尾> その時は、まだJAMESさんって言ってたんだけどね(笑)。で、“JAMESさん、来年はプロディガルをやるのは知っていますよね? ぶっちゃっけ正メンバーになりませんか?”って、酔っぱらった勢いを借りて、言ってね(笑)。
<JAMES> いい歳をしたオヤジ達が、将来の夢とか楽しそうな話をしていたんだよね。何だかいいなぁと思っていたら、声をかけてくれてね(笑)。
松尾は5人でのスタートに際し、リーダーとして何をメンバーに伝えたのだろうか?
<松尾> 何も話さなかったよ(笑)。どういう音楽をやるかっていうのは、このメンバーが集まればわかるし、“いつもの感じで”って(笑)。だから、去年の2月に森重と2人で新曲3曲のデモ……リズムも入っていなくて、俺がギターを弾いて、森重が歌っているだけだから、デモと呼べない程度だけど、その3曲を作って3人に聴かせたら、2?3回合わせただけで、今回のアルバムに入っている完成型にかなり近いところまで近づいたし。自分でも驚いたんだけどね、“スペシャリストが集まるとすごいな”って。音楽性が違ったり、曲の解釈が違ったりすると、なかなかうまくまとまらないでしょ。このバンドは、そこがない。
<Jimmy> リーダーがしっかりしているから(笑)。
<JAMES> “誰もカッコ悪いことはしない”という信頼関係もあるしね。
<大島> 最初にスタジオで合わせた時から完璧でしたから。ロックン・ロールをメイン・ストリートでやって勝つのは、この5人しかいないでしょって思いましたね。
そして届けられたのが、5人となってからの初のフル・アルバム『非常ベルが鳴り止まない』である。待ちに待ったが、待った甲斐のあるサウンドだ。彼らにしか生み出せないロックン・ロールが凝縮したアルバムは、多くのファンの期待を大きく上回っているはずことだろう。その完成度を裏打ちしている1つが、楽曲の核を伝えるアレンジだろう。
<松尾> アレンジは考え抜いたというより、自然にわかるんだろうね、メンバーの呼吸とか押し引きとか。ギターに関しても、よくあるリード・ギターとかリズム・ギターっていう分け方じゃなくて、両方がリード・ギターであり、リズム・ギターであって、2本のギターでまとまって1本に聴こえればいいと思って作ったから。
<JAMES> かつ、懐かしい音を作るんじゃなく、あくまでも今の音ということは意識してね。
<松尾> もともと時代性のないことをやろうとしているので、考えてみたら新しくはないかもしれないけど、古くもないんだよね。
<JAMES> それに、ロック・バンドなら当たり前かもしれないけど、グルーヴとサウンドに懸けているからね。ライヴだとカッコよくてもスタジオ盤だとキレイにまとまっているバンドが多いでしょ。それは、ある意味正しいのかもしれないけど、俺達が求めているサウンドはそうじゃない。人間味のある音を求めているしね。
<大島> そう、楽器がよくて、楽器の音がよくて、声がよくて、演奏がよくて、曲がいい。本当に、そう実感しますね。
JAMESが語る“今の音”ということも、アルバムの重要なポイントとなっている。
<森重> よく宗仁やJimmyとも話すんだけど、ローリング・ストーンズって現在進行形でしょ。過去もカッコいいし、どの時代にフォーカスを当ててもいいんだけど、ストーンズ自身は“今日より明日、明日より明後日”って思って、活動していると思う。俺達もそうなんだよね。ロックン・ロールの手法自体はけして新しいものではないけど、それをどうやって現在と折り合いをつけていくかってね。歌詞を書く時も、誰とも似ていないものを書きたい、自分が歌う必然性があるものを書きたいと思っているし、それをサウンドに載せた時にちゃんと化学反応が起きて、どこにもないものになる。それは古くさいものでも目新しいものでもなく、独創性ということなんじゃないかな。
また、今回のアルバムの楽曲は基本的に森重が作詞、松尾が作曲という形となっている(3曲目の「悪くない風に身を任せて」が森重作曲、9曲目の「ハレルヤ」が大島作曲)。ファースト・ミニ・アルバム『いびつな宝石』では、森重と松尾は3曲ずつ、前作のフル・アルバム『夜が終わる頃に』では、それぞれ5曲ずつ書いていたのだが、この変化の理由を聞いてみた。
<松尾> それは、ブレがないアルバムにしたかったから。そのためには、曲はメイン・ライターが中心となって書いたほうがいいんじゃないかって話を、みんなと、特に森重としてね。結果、正解だった。
<森重> 歌詞は歌う人間の言葉が一番リアリティがあるだろうし、楽曲は楽器のアンサンブルを考える人間がイメージしたものが一番強いんじゃないかなって。それに、この5人編成になって最初のアルバムだし、そこで焦点がボケたものになったり、どういうバンドがわからないものになるのは嫌だと思ってね。
<松尾> 「ハレルヤ」はね、もともとは別の曲のプリプロをするために、俺が大島の家に行った時に、“おめぇ、何かねぇの?”と(笑)。で、ありますよって言うから、聴かせてくれよって言ったら、いい感じの曲でさ。ただ、森重のキーに合わせては作っていないから、コードとかも練り直してね。
<大島> 俺の家で、宗仁君と2人でギターを弾きながら作りましたね。テーマは、明るくて、踊りやすいロックン・ロールですかね。踊れないとロックン・ロールじゃないですからね。森重君の歌詞がついて、さらに明るい曲になって、作曲者としても感激です。
<森重> (「悪くない風に身を任せて」は)オープンGの曲を増やしたいねというところから生まれたところもある。自分の声が鳴るところ、気張らずにちょっと抜いて歌ってカッコがつくところと、オープンGってマッチするんだよね。
<松尾> それは、俺としてもすごい助かっている。これが、“Gは無理だ。オープンAだ”とか言われてもさ(笑)。
<JAMES> でも、濃いアルバムになったよね。いろんな音をかぶせたりする手法もあるし、そうすると音は派手になるかもしれないけど、バンドのイメージは薄まるんだよね。でも、このアルバムには5人の色が濃く出ているからさ。
そして気になるのが、ザ・プロディガル・サンズの今後のヴィジョンである。
<森重> 若い時と違って、経験も積んできて、その経験を音楽に反映しているんだけど、それが映えるタイプの音楽だと、つくづく思う。人生なんて思い通りいかないでしょ。でも、その思い通りいかないことを毎日味わいながら、その思いが音楽に託された時に音楽が光り輝くんだよね。傷ついて傷ついてボロボロになって、それでも音楽って最高だよなって思えるものを、長いスタンスでやっていきたい。あとは、この5人は、音楽は素晴らしいってことを誰かに伝えていけるメンバーなんだよね。それは間違いない。
<松尾> 音楽でこの歳までやってきたけど、音楽以外の経験もいっぱいしてきているでしょ。そういうのがいいと思う。これが、20代半ばだと、この手の音楽はできなかったと思う。
<森重> 見た目とかはマネできてもね。
<松尾> 個人的なことを言えば、この手の音楽をよりもっと追求して、もっともっとスキルアップもしたい。そして、ブルーズやロックン・ロールなんだけど、これまでになかったよねって音楽を作りたいよね。
<JAMES> このバンドに参加した理由というのは、森重とか宗仁が言ったことに感銘を受けたということが一番大きいんだよね。もちろん、サウンドとかいろんなものがあるけど、そういう気持ちを持って音楽をやっていくということのほうが大事というかさ。
<Jimmy> 俺達は、人間くさいバンドだよね。ライヴでもアルバムでも、すべて出ちゃう。それは、これからも変わらない。
<大島> 完璧なロックン・ロール役者が揃っていますからね(笑)。何度も言いますけど、ロックン・ロールをメイン・ストリートでやって勝ち続けていきたいです。
<松尾> アルバムは、現時点では完璧なものができたよな。そして、次のアルバムはもっと完璧になる。でも、ゴールはないんだよね。
<JAMES> 現在進行形っていうことだよね。ストーンズの正しい解釈っていうのかな。
<松尾> ロックン・ロールはそうだよね。
<JAMES> ノスタルジックじゃなくてね。
<森重> 現役でやっているバンドの務めだよね。ノスタルジーでしかない音楽もあるし、そういう音楽のよさもある。でも、俺達はこういう音楽をやっている以上、前に進んでいくんだよね。
<松尾> ビートルズやツェッペリンがそうだよな。あれはノスタルジーだし、その良さがある。俺達がノスタルジーになるのは、解散してからでいいからさ(笑)。
『非常ベルが鳴り止まない』をリリースしたばかりの新人バンド、ザ・プロディガル・サンズ。彼らのこれから積み重ねていくキャリアこそが、新たなロックン・ロールの歴史となっていくことだろう。